Today#17 旧友Sの話

映画でも観にいこうかな、と上映中の作品を調べていると、あっと息をのんだ。
その映画は撮影監督がSだった。あはは、頑張ってるじゃん、S。
私と同世代で、助手も経ずに何年も前に撮影監督になった男。
奴はもう忘れてるかな、Sの撮影デビューは私の作品だったってこと。


出会ったときに、彼はこういった。
自分は撮影しかできない、物語を作れないから。だから君の撮影監督にしてくれないか。
それから、Sと私はしょっちゅう喧嘩しながら、何本か一緒に作品を作った。
どんな風に歯車が合ってこうなったか分からない。時が過ぎれば過ぎるほど、謎に思える。
仲が良かったのか悪かったのか、それすらも今となっては分からない。
私達は映画や音楽の趣味が合っていた訳ではないし、恋をした訳でもなく、ただ長い時間ともに過ごして
いやというほど話をしていた。毎日毎日、学校で、帰り道で、家に帰ってからも。
こんな関係性の人は、後にも先にも、彼ぐらいなものだろう。


Sは扱いづらい人だ、とみんなに敬遠されていた。Sが撮影の手伝いに行くと、自動的に私も借り出された。
彼のねじれぶりは相当なもので、信じがたいほどの。でも私は怒ることはあっても、
彼を憎んだり嫌いになることは、結局なかった。
Sに出会って知ったこと。それは、ひねくれ者ほど素直な人はいないってことだ。
いいから俺に任せろって、絶対良くしてやるから。それがSの口癖で。
私達は喧嘩しながら、お互いに一歩も譲らずに撮影して、
すごい映像表現をみつけると、彼はニカッと笑って舌を鳴らし、OKのサインを出した。
ファインダーを覗いて、私も笑った。その時に喧嘩することは一度もなかった。


Sに出会ってなかったら、私はもっと普通の女の子だったかもしれない。
男の子の前でニコッなんてできて、今頃子どもなんかいて、歳相応の格好で歩いて。
事実、ある時期まで私はロングヘアで、きちんと化粧して歩いてた。
私がそういう女性らしさを死守しようとしてたのは、Sに仕掛けた最後の喧嘩。
ついにSと違う道を歩くと決めたとき、入れ替わるようにコレクターズの音楽に出会い、
私は髪を切った。
その後Sに会った時、彼はいとも普通に言った。いいねその髪型、前よりずっといいよ。
笑っちゃった。私達は分かれるべくして別れる。そう思ったんだ。


今夜、Sの映画を観にいった。
彼の譲らなさが、美しくて不思議な映像に昇華されていた。
Sはとても才能のある人だと思う。今も昔も、その尊敬の念は変わらない。
Sは今も闘っている?監督や役者やスタッフ、それに自分自身を相手に。
でも今になって思う。彼ははじめから、闘ってなんかいなかったんだ。私自身も。
ただ私達は夢中になって、ものを作っていただけ。
Sはよく言ってた。楽しいだけの撮影現場じゃ、いい作品は生まれないって。
私はその言葉にいつも反発していたけれど、きょう突然、その続きを思い出した。
本音を隠して楽しく過ごそうなんて、スモール・サークル・オブ・フレンズだね。そうだろ?


たまにSの噂話を聞く。彼は相変わらず、扱いづらい人だと言われてるんだろうな。
それでいいんだよ。優しく聞き分けのいい撮影監督Sになんて、私は会いたくない。

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