Today#101 マジックリアリズム

akk2006-06-15

魔術的リアリズムマジックリアリズム
っていう文学のジャンルがあるって、今日はじめて知った。
ガブリエル・ガルシア=マルケスを調べていたら、つきあたる。
彼はマジックリアリズムの旗手で、『百年の孤独』は世界中にマジックリアリズム
浸透させた記念碑的作品なんだって。
Wikipediaによると・・・


魔術的リアリズムマジックリアリズムとは。
日常にあるものが日常にないものと融合した作品に対して使われる芸術表現技法で
冷静に現実を表現することによってあらわれる魔術的な非現実
ああ!よろめくほどに正確な表現だ。ガルシア=マルケスの小説が属するジャンルの定義!
そしてこんなものが、1925年からあったなんて。
そのはじまりは、ドイツの『新即物主義』という美術運動で、ナチスに抹消された歴史のひとつ。
のちにバウハウスに継承されていく流れなんだそうだ。
そしてその末端は、日本でいうと(なんと)池澤夏樹筒井康隆寺山修司大江健三郎中上健次
だって言います。彼らみんな『百年の孤独チルドレン』だというんだから。
私にとってはオールスターと言っていい、愛する作家の皆さん。それぞれがほぼリンクしない作風で、
全然似通ってないのに。その根っこが『百年の孤独』で繋がっていたなんて。
ありえない、神様はいる、天上できっと笑ってる。その樹の周りをピヨピヨ飛びながら、根っこの
ガルシア=マルケスに気づいてなかった私に。


最近、またガルシア=マルケスの小説を読み始めています。
予告された殺人の記録』 
高校生の頃、吉祥寺のバウスシアターで映画を観た。『大きな翼を持った老人』と2本立てで
どちらもテンションが奇妙に強くて、映像を覚えてる。
じとっと湿ったような暑さが、ラテンアメリカの不思議な世界がまとわりついてきた。
読みすすめていくと、映画の記憶が蘇ってくる、あんなカットこんなシーン。この本とどこが違って、
どんな形で表現していたんだろう。ああ、そこまで詳しく思い出せない。
ルパート・エヴェレットと、アランドロンの息子が出ていたの。
監督はフランチェスコ・ロージだったって、これも今日調べてて知ったこと。
出来、不出来はどうでもよくて(でも出来はかなり良かった)
あの映画をいま観たい!!!!!!観なおしたい!!!!!!!!!
その頃ガルシア=マルケスに出会ってなく、徒然に映画を観てた私を、今の私は本気で羨ましく思う。
こんなに好きなのに、読み終わるのがもったいないので、ちょっとずつ読んでいて
でも好きでしょうがないので、ひたすら求めている。少しでも多くガルシア=マルケスの世界を感じたい、
見たい知りたい、私の大事な、マジックリアルワールド。


蜷川幸雄が『エレンディラ』を舞台化する、しかも音楽はマイケル・ナイマンで。今更ながら事件だ。
予告された殺人の記録』などの映画は、いつかどこかで再上映されるだろうか。
もう国内ならどこにでも見に行くよ、本当に。
私これからは、ガルシア=マルケスをめぐる何もかも、できる限り見逃したくないと思う。
・・・なんて勢いで、ミクシイのガルシア=マルケスコミュニティに入ってみました。
コミュニティの人達はガボと呼んでいます。ガボの近影や10年ぶりの新作情報など、
これを探してたのよ!と浮き足立つような情報網でした。
印象的だったのが、メキシコで『百年の孤独』マラソン朗読会というのが開催された話。
一人一頁ずつ、あの本を老若男女が回し読みしていき、朝から深夜までかかって読み終えた。
凄いなあ、それ。見たかったなあ、その様子。すごい光景だったろうと思う。


そんな訳で気がついたら、また愛するものが増えてしまった。
一旦愛するとなかなか減らない、増してゆくだけ。こればかりは不可抗力だなぁ。
この強烈な熱をなんと言ったらいいものか。ブラッドベリ以来の深い波、THE WHOと同等、でんと心の中に座ってる。
音楽にマジックリアリズムを見出すとしたら、一も二もなく私は思う
THE WHOの「WHO'S NEXT」と、ピーターガブリエルの全作品
例えばピートやガブリエルさん(あっ名前同じ!)が、ガルシア=マルケスだいすきなどと言ってたら
私は今度こそ、すべて仕組んだな、神様!と思うだろうな。


ところでガルシア=マルケスっていう、ギャル向けブランドがあるのよね
それすらもドキッっとする(ばかみたいだけど!)ロゴ入りグッズに見えてくる・・・。