カメラアイの結婚式

きょうは、会社の同僚の結婚式。
会社…ってことで、当然のように、結婚式の撮影をすることになった。
実は私、幾つもの素晴らしい結婚式に出席しておきながら、撮影をするのは初めて。
今日はメインのカメラは後輩に任せて、私はサブカメラ。
家庭用ホームビデオで、好き放題撮ることにした。


同僚である新郎は、ようするに毎日顔をみている。
一緒に仕事することもよくあるし、彼の色々な表情を見てきたつもりだ。でもね、
カメラアイが捉えた彼の最初の顔は、今まで見たこともない、ただひたすらに嬉しい顔だった!
だから私は、教会の扉が開いたその瞬間、自分でも驚くほど嬉しくなって、思わずあはっ と笑った。
そう、そう!私はきみの、こういう表情が見たかったんだよ!
私の想像を遥かに上回る、きみの嬉しい顔がさ。撮るしかないね。もう今日は撮るしかない。
いつも仕事場で抱えている『なにか』が、今日のきみにはひとかけらも見当たらない。
それは実に素晴らしい光景で、それを記録すべく手にもたされたDVカメラは、式場内を歩き回ってよし
という通行証になった。座ってなんかいられるかい。
そのスイッチが入ったら、心身はまるで踊る時のように、自分を制御しなくなる。
たぶん踊る時のように、ずっと笑っていたような気がする。つまり純粋にたのしく幸せな時間だった。


花嫁さんは初めて会った。ああ、この人がね。当然のようにぴったりだった。
新郎はホントウにいい奴で、イカシた奴なんだけど、花嫁もそんな女性だった。
私は自分の本能からすぐに、彼女はいい奴だ。と思った。
だからすぐに、彼女にも感情移入してしまった。
サブカメラの一番の役割は、出席者全員のお祝いメッセージを撮影してまわることで
単純だけど、きっと二人にとっては嬉しいことなんじゃないかな、と思って提案したものだ。
多くの見ず知らずの方々に話を聞くことは、例えば街頭インタビューの仕事なんかで慣れっこだけど
大好きな同僚と、大好きになっちゃった花嫁の周辺の人々とお話するのは、とても楽しい経験だった。
二人を祝福する、約70人のよろこびの人々を前にして、私はもう笑いっぱなしだった。


花嫁の父は、カメラに向かって「まあ、しっかりやんなさい。」と、ぼそっと言った。
まだコメントが続くものと思って、私は黙って待っていたけれど、父は
「それだけ。終わり」
終わらせてしまった。お父さん、他に言っておきたいこととか、メッセージ…ないですか?
ないよぉ、ないない。おしまい。
言いたいことなんて死ぬほどあるだろうし、何もないのかもしれない。
私は、従姉妹の結婚式で、叔父が笑いながら言った言葉を思い出した。
「おじちゃん、きょうはずっと満面の笑みだね」
「ハハ、笑ってでもいなけりゃ、やってられないの」
花嫁の父は、みんな同じような表情をして、一番後ろの隅っこに座っている。


その後暫くして、花嫁の父から娘に宛てた手紙がスクリーンに流れた。
それは長い手紙で、ほんとうに素晴らしいものだった。
紙に向き合い、ひとりで言葉をつらねてゆく作業は、ひとの心を素直にする。
伝えたいことがこんなにも沢山あるのに、日々の会話じゃ伝えずに過ぎてゆく。
照れくさくて、言う機会がなくて、他に話すことがあって忘れてて…
そんな風に思っていることを、心にいっぱい眠っているそれらを起こして言葉にする。
そして実はそれこそが、相手の心に一番のよろこびを与えることなんだと、伝えた時に初めて知るんだ。
私は娘でもないのに、ばかじゃないのと言われるほど大泣きしたし
隣に座っていた会社関係者の奥さんも、ぼろぼろ泣いていた。
カメラアイは父のたった一言のコメントの中に、これだけ長い手紙がきっと一瞬で頭をよぎり
それでもやっぱり、言うことなんてないよ、っていう結論に至った
花嫁の父の、あの顔を捉えられているだろうか。
そうやって祝福された二人は、幸せになる・ならないじゃなく、ほんとうに幸せな人達なんだ。
「幸せ者」!おめでとう!
出口で出迎えた、少しいつもの顔を覗かせた新郎の手をブンブン握って、そう言った。