パッション/最後の誘惑

メル・ギブソン監督の「パッション」を観ました。
私はそのタイトルから、マーティン・スコセッシの「最後の誘惑」のリメイクだと思ってたんだけど
全然違いました。なんてスタンダード。文句のつけようもなくオーソドックス。
エスを描くと、とかく上映禁止騒動が起こるけれど、この映画もそうだったって。
おそらく酷すぎる拷問シーンや、迫害の徹底した暴力描写だろうな。
エス自身の描写よりも、迫害する人々の愚かさや群がる群衆(弟子も含めて)の弱さを
突きつけたかったんだと思う。そして、それは大成功している映画だと思う。
けれどイエスの清さは守られすぎていて、口のきけないいけにえの羊のようだった、悲しくなった。
精神的な背景や深みが見えないから、イエスの人類へのやさしさも愛も、薄っぺらく感じて
まるで与えられたせりふを言ってるだけのように聞こえた。大切な言葉がうわすべりして耳に入る。
エス物語のあらすじを追うだけなら、この映画で十分だ。ちょっとひどい暴力描写があるけれど
史上最大の悲劇が、見覚えのある映像とイメージ通りの音楽で、分かりやすく描かれている。
でも致命的なのはタイトルである「Passion of Jesus Christ」が欠けていること!


そもそもこの映画を借りてきたのは、マーティン・スコセッシの「最後の誘惑」DVDを入手したから。
高校生のときに観て以来だったから、その前にメル監督版を観ておきたかったの。
なぜ私がメル版イエス=スコセッシのリメイクと勘違いしたか教えましょう。
それは「最後の誘惑」のサウンドトラックのタイトルが「パッション」だからです!
「最後の誘惑」の原題はそのまま「The Last Temptation of Christ」なのに、サントラは違う。
犯人はピーターガブリエルでした!サントラでもあり、実質フルアルバム扱いのこの音楽に
そりゃもう、観た当時は完全にやられてしまって、ラストなど感動のあまり大泣きして
誰がなんと言おうと私は一生ガブリエルについていくわ、と思ったものです。
今でもこのサントラは、ガブ史に燦然と輝く名作だと思うわ。あのドラムがいつまでも響く、本当に素晴らしい・・・
長くなるのでカットアウト。


それで今日はついに、感動の再会・・・「最後の誘惑」を観ました。
「パッション」を観たあと、無性に思ったのが(わがスコセッシがイエス物語を普通に描くはずがない)
記憶では、後半一時間ぐらいかけて、十字架の上でイエスがみる幻覚(最後の誘惑)を描いてた。
それが強烈に印象に残っていたので、前半二時間はどうだったっけな?スコセッシ節だけど話はスタンダードにしてたかな?
忘れてた。
スコセッシ、もう始めからいきなり、あごが外れるほどのスマッシュ決めてきた。
「パッション」の後だから、このアナーキーぶりに驚きの連続です!!!
まるでイエスパラレルワールドを描いているような、少しずつ違う少しずつ回る世界。
強烈な変化球です。もうカットごとに驚かされる、完璧な。『正確な』物語。
この映画に関してよく言われる『人間イエスを描いた』『マグダラのマリアの性描写』などといったスキャンダル性は
映画自体を観てしまえば、週刊誌の見出しのように軽く浅く思えるとおもう。
そんなもんじゃない。
この映画は奇をてらって浮かれてるところなどワンカットもなく、観る人の心に恐ろしく正確に伝えてくるんだ。
愛を伝えようと闘うイエスの姿を。
物語の原作は聖書ではなく創作小説。だから飛躍した解釈でストーリーが進むのは当然。
キャストからして凄い選択だし、彼らは普通に英語で話す。話しまくる。その間合いはスコセッシのギャング映画とまるで変わらない。
他の全ての映画でおどおどしてる裏切り者ユダは、ストレートに行動し言いたい事を言う、いつものハーヴェイ・カイテルだし
慈悲深きイエスは、自分の弱さに葛藤しまくり、怒り、絶望し、闘う!
この映画はアナーキーかもしれないが、聖者の超越した心理が理解しきれないと投げ出す私達に、その謎の答をクリアに見せる。
『たたかうイエス』は穏やかに微笑み、すてきな言葉を語りかけるやさしい聖者ではない。
だから理解できるんだ。たたかうイエスに謎は見えない。ただ奇跡を起こし、神に憑かれて人々に語る深い愛の主。
エスゴルゴダで笑いながら死ぬ。
十字架にかかり、人々の罪をすべて背負い死ぬ苦しみを、「父よ、なぜ私を見捨てるのですか」と神に向かって叫んでいたくせに、
それでも受け入れたのはなぜか、その精神の動くさまと完全な理由を・・・わたしはこの映画を観て、知っていた。
その死の痛みと真の美しさ、世界をまるごと包んでしまうほど大きな、神とイエスのやさしさ。
いま観終わって思う。
・・・高校生の私よ、よくこんな映画を普通に受け入れてたもんだ!

もちろんこれもね!音楽をピーターガブリエルにしたセンスも「最後の誘惑」の凄さ、スコセッシの凄さ。しつこいけどこれ最高よ。
パッション-最後の誘惑

パッション-最後の誘惑