森山大道レトロスペクティブ

音楽は風景のなかに入り込む。
いつも同じくそこに在り、地球に沿って円形にぐるりと広がっている風景。
それを世界と呼ぶとする。
風景の連続が世界であり、風景は世界の一部を切り抜いたものです。
切り抜いたのは誰?あなたやわたし、誰か人間の目。
目は絶対的にカメラであり、目を動かし駆動させるのは脳である。
脳?ハートって言ってもいい。なにかを感受してハートが目を駆動させる。
音楽がそのときハートに溢れだし、洪水のようにして目を動かすとして
目が切り抜いたものは音楽だってことでいいね。
そういったように、世界を切り取り続けている私達の目は、自分自身だけのものだ。
それをそのまま表に出す。物理的にフィルムに焼き付けて、記録して出したとき
そこに写るものを、まったくの他人の目が捉えて、我を忘れるほど感動したりする。
写真家の『目の感動』が誰かに連鎖する。視た人の心で形を変えて、広がる。
それは続き、多くつながり生活の微小な影響に現れ、いつか写真家はまた
それが生み出した、新しい風景に再会するのかもしれない。
 ―シャッターが押される


森山大道レトロスペクティブ展をみてきました。
わたしの目が大道に会いたがっていて、そんな気持ちで出かけてみたら
初めて観た作品が本当にたくさんあって、もう、なんか飲み込まれてしまいました。
映画みたいだ、と思う。音が聴こえてきて、力強く物語の断片が押し寄せる。
物語の感情が溢れている。
世界を切り取ったひとの、そのときの感情がせまってはっきり見えるような。
世界が『見えた』とかれが思った瞬間、時間、その心のありようが
写真からみえてくる。
かれは色々な世界を『見た』んだな、幻覚、絶望にかくれた希望、野蛮、棄てられた悦び、
汚い路地裏のタフな息づかい、圧倒的な強さが生む美しさ、どうしようもない懐かしさと
愛おしさ、静かな欲望や、欲望が化けた活気、夢のような溶ける心地、幸福。
とてもじゃないけど、書ききれない。
ストイックな白黒の世界がまっすぐ伝える。色はここには要らなくて、情報が余計に増えるから。
白と黒の強さだからかれの感情がうわっと伝わってくる。


みたこともない世界
どこでもないどこか、というのを視覚で見てしまった、この日、初めて。
かれがケルアックの「路上」を読んで、そのまま流れるように国道沿いを車で走りぬけて
シャッターをひたすら切った『国道』シリーズというのがあって
その話は自伝で読んでいたし、知ってたけれど向き合うのは初めてだった。
まるでまぼろしだった。現実のなかに潜んでいるまぼろしの世界。
わたしはしばらく長いこと、この写真の前から動けない。ずっと、動かなきゃって思うのに動けない。
全身を何かが駆け抜けて、まひしたんだね、これはね。
かれの写真から不思議なヴァイオリンがきこえる。勝井祐二のヴァイオリンのような、世界が少しずつ角度を変えて
非現実だってはっと気がつくような風景だ。
わたしは溶けてしまった。
そのあと、最後に最新作の展示が待っている。「ハワイ」が、みんなのだいすきなノリノリのハワイが
白と黒になり人々や自然の本質を突き出してくる、ハワイ。
池澤夏樹さんの「ハワイイ紀行」が伝えるハワイの姿に似てる。池澤さんもスーパーストイックな男だけれど
大道はさらに、さらに力強い。やさしさがとても無骨で、白と黒ではっきりと言う。
けれど・・・わたしは最後にビックリした。さっき溶けたのと同じぐらい強く、こんどはまったく質感の違う溶け方で
また、完全に溶けてしまった。
目の前に唐突に現れたそれは、フルカラーの『愛』だった。
大道は海にカメラを向けて、水に溶けて、とても幸福だったんだと思う。
その写真からは愛しか感じられない。
白と黒でなく、大きなパネルのフルカラーの世界はなんて美しくて、幸福なんだろうって思った。
今思い出し、こうやって書いていると、それは私に『世界に在る』幸福を伝えてる。
少しずつ回り少しずつ変わる世界の断片の、どこかの空間やどこかの時間に、この愛は在る。
私はそれに出会う、出会ってる、素晴らしい音楽や芸術のコミュニケーションや、誰かと過ごす時間、
ばったり出くわした視界の中、言葉、ほほえみ、ものづくり、踊る身体の思考の中・・・
それらを風景という。一足違いで不幸に転ぶかもしれない、けれど、幸福は『世界』に在り
切り取られた『風景』に在る。そのどこかに。
もしかしたら、どこにでも。『風景』を見るあなたの目が、どうシャッターを切るか、それだけかもね。


あなたが生きる観る聴く感じる風景はあなただけのもので、
あなたや私が世界を切り取ったそのとき、幸福の風景にいつも居られることを願う。
争いはなくなる。悲しみも憎しみも嫌悪も、その風景にはお手上げだ。
すべてが水に流れていけばいい。よどみなく、いつのまに清く。それを見た誰かが綺麗ねって言うくらい清く。
大道さん、あなたの写真をみて、思い出して、私は目が覚める。
そして背筋を伸ばし、伝えなきゃって思うのよ。

ハワイ

ハワイ

欲しいけど高いのさ・・・大道の写真集ってさぁ・・・。