今日、私が4時間ピアノを弾くに至った事柄

会社の先輩はうつ病だ。
わたしの見る限りでは、そううつなんじゃないかと思えるほどに
もともとはとても陽気なひとだ。それに豪快で割り切りのよいところがある。
だけど、長いことクリニックに通院している。うつは治っていない。
もう4年くらい一緒に仕事をしてるから、慣れているけれど
このごろ、わたしはどうしたらいいかわからなくなってきた。
昨日まで笑っていたのに、なんの前触れもなく会社を休むとか
遅刻することが続いているからだ。
一緒に楽しんでいたはずなのに、とおもうと私達が先輩の世界のおおきく外側を
ただ笑いながら回っていただけの無意味な衛星みたいに思えてきて
その無力さに、かなしくなってしまう。


それでも先輩のこころの居場所をあけて待っている私たちは、
ばかで不甲斐なくみえるようで、しょっちゅうおこられたりいやみを言われる。
先輩はさいきん腹痛を訴えるようになり、それは心因性というものだから
私達はどうにも出来ずにただ、綱渡りのようにしながら見守り迎えている。
そして、また腹痛で遅刻をする連絡をメールでうけた社長は
「こんなに続くと迷惑だから、病院へ行って然るべき治療を受けて報告してください」
と返事を返した。
これは経営者としてまっとうな返事であり、もっとも相手を追い詰めてしまう返事だ。
ついに怒りが正面からやってきたのだ。相手が病む人だという事を越えた怒りが。
私は不安でしょうがなかった。
先輩は返事を出さず、勿論病院へも行かず、会社へ来た。そして黙って仕事をはじめた。
この日はひどく忙しく、この日わたしは先輩の様子が最もひどい状態なのを知った。
まったくだめなときの先輩の顔で、ひとつも笑わなかった。ひとつもだ。
わたしや誰かが何をどう言ったって、冗談を言ったって表情の険しさは消えない。
無意味な衛星。なにも役立たずなにも通信できない圏外を回る。


それでも生きていれば陽はまた昇る。
先輩が今日はよく眠って、すこしは元気になって、リハビリ的にでも笑ったりして
せめて会社の外ででも良い時間を過ごしていてくれたらと思う。
無意味な衛星は起きてから、ハードディスクに録画してたラン・ランという中国人の
ピアニストのリサイタルを見て、そのアンコールでショパンの「英雄ポロネーズ」を
演奏されているのを聴いて、むしょうにピアノが弾きたくなった。
それから楽譜を買い、近くの音楽スタジオを借りて、滅茶苦茶に弾いてきた。
すごくすっきりした。
ピアノを弾いて軌道修正をした。衛星は変わらず回っている。
いつだって通信してくればいい。衛星は壊れていない。
通信終わり。

ショパン名演集

ショパン名演集

うちにあるのはホロヴィッツ英雄ポロネーズで、さっきまで聴いていた。
壮絶です。