ルーシー・リーと私の中の少女

このごろ、会社から離れて仕事している。フリーの演出家みたいに。
あたらしい人たちに出会いながら、一緒にものづくりしている。
オフィスに毎日行く必要もなく、へんに閉じ込められないので、わたしはとても心地がよい。
ようはシンプルなのだ。ものづくりと生活のふたつしかないことが。自由はたのしい。


このあいだ知り合ったベテランのフードコーディネーターさんと、食器のことをお話してたら
「今まで観たなかで、一番すごい食器に出会った」展覧会のことを教えてくれた。
六本木の東京ミッドタウン、21_21デザインサイトでやっている「U-Tsu-Wa」展
いまのお仕事は久々の料理ねたで、おいしいごはんを撮影しまくるからうきうきで
んー・・・物撮りの参考になるかも(いやならない、絶対ならない)と理由をつけながら
仕事のかえりに、ふらりと観に行くことにした。自由ってすてき。


3人の作家のうつわ展。どれも面白くアートしてるんだけど
1人だけ、ものすごいすごいすばらしい作家に出会った。ルーシー・リー
なんでこんなちいさな茶碗から、こんなに凄い感動を感じるのか
わたしはほんとにこんなこと初めてで、おどろいてしまった。
みればみるほど、ビリビリする。魅入られるとはこういうのをいう。
器ひとつひとつに漂う、圧倒的な時間軸がある。
時間が止まったように静謐だったり、無限におもえる宇宙だったり
誰かの日常の数分間だったり、音楽がきこえたりする。(それはピアノだ)
色合いがほんとうに美しく、その釉薬の色そのものが「私はここよ」と語るようだし
うすいうすい陶器のかたち、研ぎ澄まされた美が形になって表出した物体。
あぁ素晴らしい、うっとりとしながら一つずつの物体に引き込まれてしまう。


ルーシー・リーユダヤ人で、ナチスの台頭でイギリスに亡命する。
そのころ生活のために作っていた陶器のボタンが大量に展示されていた。
もうどうしよう、こんなにたくさん、すてきなボタンが目のまえに!
陶器のボタンは、オーブンから出したてのクッキーみたいに自由で可愛らしく
秘密の宝物箱の中身をとりだして眺めるような、少女っぽいうきうき感で胸がいっぱいになる。
陶器のボタンなどわたしは見たことがなかった。ボタンといえばプラスティックか金や銀。
こんなにすてきな風合いでたたずむものなんだ、初めての出会い、えもいわれぬ幸福感。
わたしは自分の心のどこかにいた少女に再会して、しばし一緒にはしゃいだ。
ボタン群のさきには、イッセイミヤケがそのボタンのためにデザインしたという服が飾ってあり
これがまた、とてもすてきだった。一点ものだ、コートやジャケット。いいなぁでいっぱい。


この夜たまたま、日曜美術館ルーシー・リーの特集をやっていた。
とてもラッキーな偶然だ。
三宅一生が出演しており、すんごいうれしそうに旧友ルーシーのお話をしていた。
あんまりうれしそうで、それに話すことがとても素敵なので、とても正しいまっすぐなおつきあいを
していたんだな、と思う。展示されていたボタンは、ルーシーの遺言でイッセイさんに贈られたものだった。
「ずいぶん過去につくったあのボタン達が、いままた息を吹き返すなんて!」と
イッセイさんが服飾デザインしたことに、とっても喜んでいたから。みんな贈ったんだ。
番組で流れた記録VTRは、きっとBBCあたりの映像だろうと思われるルーシーおうち取材で
ちいさなルーシーばあちゃんは、釜から陶器を取り出すのに届かなくて
さかだちするみたいにひっくり返り、レポーターに足を押さえさせていた。
ルーシーさんはいさぎよく、少女のように可愛いばあさんだった。
そして記念写真にいっしょに映ったイッセイさんは、80年代のイケイケのころだとおもう、
ああそうだこんな顔だった、と思い出したから。もうはちきれんばかりにわらっていた。
顔を真っ赤にして、てらてらさせて。一緒にいるのがうれしくってしょうがないみたい。
イケイケイッセイとルーシーばあさんの写真は、じつはフィルターを外すと心の写真機には
少年少女のなかよしが、無邪気にあそんでた記録が映ってるんじゃないかとおもう。


きのう撮影で、私とルーシーを出会わせてくれたフードコーディネーターさんに、また会った。
うつわ展をみたこと、そして今まで見たなかで一番すごい食器ってルーシー・リーでしょうと言った。
わたしはその食器が、展示されているどれかも当ててしまった。単純なことだ。
それはわたしがいちばん驚いたものだったから。
陶器のボタンに大興奮した話をしたら、そのひとは50代で落ち着いた風情のひとなのに
まるっきり私とおなじように少女になって、ふたりであのボタンについて嬉しくお話した。
外からみたら若手監督とベテランのフードコーディネーターの世間話。
そのじつ、わたしたちは少女ふたりで、だいじな宝物を思い出してキャッキャとはしゃいでいたのでした。


U-Tsu-Wa展
http://www.2121designsight.jp/utsuwa_about.html
安藤忠雄のディスプレイも美しかった。水のなかから陶器が浮き上がったようにみせている。