ジョン・カサヴェテス生誕80周年DVD-BOX

私が学生のころ、六本木ヒルズなんて影もかたちもないころ、
六本木にはセンス物量ともに最先端だった輸入レコード屋のWAVEと、青山ブックセンター
そして都内ナンバーワンの気に入りだった映画館「シネヴィヴァン六本木」があった。
わたしの六本木デルタ地帯は、かのように駅周辺でちいさく完結するのだけど
多感な学生時代のわたしへの影響力は強力なものだった。
今、六本木で青山ブックセンターへ寄っても、夢見るようなわくわく感はもはやわかないし
WAVEもヴィヴァンも跡形もない。
わたしは今だって、タイムトラベルで当時の六本木デルタを訪れることができたらすてきだと思う。
それも、15年ほど前に。


「シネヴィヴァン六本木」ではたくさんの映画に出会ったけれど、一番思い出深いのが
『ジョン・カサヴェテス特集上映』だった。
当時わたしはカサヴェテスのカの字も知らずに、シネヴィヴァンで上映するなら、と
ハコに対する信頼と、チラシのデザインだけでなんとなく観に行った。
上映一本目の「アメリカの影」でノックアウトされて、それからは前後不覚で夢中になって
全プログラムをみたのはもちろん、次の上映期間まで待ちきれなくてまたみにいったり
一番いとしく感動した「オープニングナイト」は三回、三日連続でみにいった。
ヒマな学生時代とはいえ、こんなにはげしいフィーバーぶりはこの時ぐらいだった。


その、シネヴィヴァンで上映したプログラムがそっくりDVD-BOXになって発売されたのです!
じゃじゃん!嬉しい〜〜〜〜〜!!!!!

ジョン・カサヴェテス 生誕80周年記念DVD-BOX HDリマスター版

ジョン・カサヴェテス 生誕80周年記念DVD-BOX HDリマスター版

わたしは普段DVD-BOXを買わない派なのだけど、これに限っては我慢ができずに買いました。
そしてようやく週末、ゆっくり観られる。・・・しかし。
再生をはじめてすぐ、なんだかもやもやとして止めて、途方にくれました。
床のラグにぺたと座りこみ、床に積み重なるなりゆきまかせの物たちを眺めながら・・・どうも落ち着かない!
カサヴェテスの映画とこのような環境で向き合うのが、納得いかなく思えてしかたない。
もっと風通しのよいように観たい。
という訳で突如模様替えを思い立ち、かなりレイアウト変えて過ごしやすくなりました。
さあ、これで観られる。今日の夜やっとカサヴェテスを快適にみはじめました。
勿論「オープニングナイト」からです。
大スターの舞台女優が、若い女性ファンの追っかけに目の前で死なれてしまうところから始まる
もうれつに素晴らしい作品です。
なにが素晴らしいかというと、ラストシーンの舞台中継です。
当時ぼろぼろ泣いて、今夜はさらに激しくおんおん泣きました。
15年後に見直して、わたしが若いバカで捉えきれてなかったものがたくさん見えたからです。
そして、そのころよりも多くの感情やかんがえや光景をみて知っているがゆえの感動。


年齢がゆくごとに増すそういった経験は、豊かさとともに、重さをわたしに与えます。
重さとは、慣れによる感受性の鈍りや、経験による石頭や、他人や状況が見えすぎてしまう苦しみ。
この映画は神経衰弱と闘うひとりの女性の復活劇であり、このような重さと闘う女性の物語でもありました。
重さを吹き飛ばし軽やかに、笑えるまで舞い上がること。
「私たち、なんでケンカしてるんだっけ?」と安心する瞬間へたどり着くまでの道程。
その道すがらの、大小さまざまのコミュニケーションの描き方がほんとうに素晴らしい。
まるっきり、これが人生だ、そのもののようだと思えるもので
劇映画と思えないほどに現実そのままなのだけど、そのように自然に流れゆくための演出が完璧になされている。
演出は自然発火し、カメラがそれを記録する。
完全なフィクションでありながら、カサヴェテスの映画にはひとつも嘘がないのです。
この世界を良く・悪く見せたり、登場人物たちの心を物語の展開にあわせて、偽ったりないがしろにしない。
あらためてそのディテイルを目の当たりにして、深くしみじみうれしく思ったのでした。