粛々と日々鏡花

たいへん忙しい9月の終わり。
急に寒くなって、出した毛布にもぐるとぐっすり眠れた。秋ですね。
味噌汁が作れる季節になって、家で飲む珈琲にほっと暖をとり
きょうもわたしは粛々と、泉鏡花の本を読んでいます。


わたしは本を読むのがあまり早いほうでないと思う。
けれど泉鏡花に於いては、さらに時間がかかります。
鏡花の書くものは、理性ではなく感覚でつかみとらえるので
美術作品に向き合うのとよく似ている。
だからその感覚と余韻をいとおしむ、その時間がかかるのです。
次の段落、次の章へ行く前の余韻の時間が要る。


今読んでいるのは、作品集ではなくて番外編のような内容で
鏡花が催していた、怪談をみなで集って語り合う『怪談会』の新聞取材記事と
そのとき出た怪談話や会の様子をもとにした、鏡花の物語が交互に出てくる本。
取材記事や怪談の記録は、すいすいと読みすすめるというのに
さあ鏡花の物語がはじまるとなると、とたんにぐっと、心の様子がざわっと変わり
五感が開き、かのように時間をかけて読むことになる。


新聞の取材記事は文句のつけようもなく、面白くしっかり書いてある。発見もたくさんある。
だからなおさら、鏡花の文章の、非凡な、異様な、理性と理屈をひと飛びに超える
とんでもなさが際立ってわかる。
今わたしは忙しくて、鏡花しか読む気になれないのは、好きでたまらないだけでなく
天才の荒唐無稽な自由さに、あたまをマッサージしてもらってるのかもしれません。
あの文体。
それはとてもしあわせで、わたしはわたしでいいんだと安心し、すっきりする。
芸術ってすばらしい。

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)