執心と悟り 川本喜八郎の仕事

ラピュタ阿佐ヶ谷へ、川本喜八郎の回顧上映を見にいきました。
こんなに多面体の表現者だとは知らなかった。
日本人形のあの顔で貫いているのだろうと思っていたから
この上映会は驚きの連続でした。


そもそもイジイ・トルンカが師匠で、チェコにいた人なのだから
そう考えれば、これだけ先進的なことをしていて当たり前なのだった。
わたしが見たのはAプログラムで、そもそも「道成寺」を見たかった。
あの人形はそういえばお能の面そのものだし(今まで気付かなかったけど!)
それが道成寺を演じるとは、たいへん壮絶な予感がした。


プログラムの中でも「花折り」と「鬼」は、おもいっきり狂言お能だった。
お能の演目ではないけれど、人形の顔が能面の表現のしかたと同じように
ぱしっと変わる。能面で表現される表情を、さらにドラマティックに照らしだす
映画としてのお能狂言。それは人形アニメの技法だから、ぴたっと出来るんだ。
すばらしい。この融合の発見はノーベル賞か、少なくとも文化功労賞に値すると思う。
お能の勉強に、こんなによい教材はない…と改めて川本喜八郎さんにひれ伏します。


そして驚きの連続だったのが、「犬儒戯画」「旅」「詩人の生涯」。
犬儒戯画」は、フランス制作の物凄いアートアニメーションで
ざらざらにぶっとんだコントラストの白黒世界で、外人の顔の人形がコラージュされる。
こんなにセンスのいい映像を、70年にとっくに、しかも川本さんがやっていることに驚くし
ああそうか、あのころに先端にいた人なんだから、そりゃ…
「旅」みたいなアバンギャルド映画も先陣きって作るはずだわ、とわかる。
「旅」はフルカラーで、次々と溢れるサイケデリックな世界にびっくり!
横尾忠則天井桟敷より一世代前、安部公房とかあのあたりのシュール感…と思っていたら
「詩人の生涯」は安部公房の脚本による映画でした。これもすごい。
なにがすごいって、物語がすごい。さりげなくぶっとんでいる話なのだけど
毒を含んだシュールな童話の、とてつもないうつくしさを、やわらかい手描きアニメでみせる。
このさりげなさ、映像ではつつましさ、それが驚くほどの感動を生むのです。


そして最後に見たのが「道成寺
お能の本や、能楽美術館でも見たスチール、あらすじをみるかぎりで
女が鬼と蛇になっていく、激しい執心の権化の姿がどれだけハイテンションでみせられるのか
どきどきしてた。
いやほんとにすごかった。物凄かった。人形の顔、照らしだされる情念のかたまり、
鬼に変化する、転げ落ちるような異様さ、感情の明滅。
ラストカットの諸行無常の表現は、ああずるい!もうこんな完璧にやっちゃってる!と
川本さんにジェラシーすら感じるほど素晴らしく、完璧なお能=映画でした。
大変いいものを見せてもらいました。


上映は20日まで。
ハイビジョンとか3Dとか、うつくしさを画質でしか感じられなくなった人は全員、
川本喜八郎の圧倒的なうつくしさに触れてほしいと、心から願います。