今よりもっとすてきな場所へ!

きょう、退職させていただきます、と取締役に言った。
ゆっくり話しあい、わたしたちが抱いていた考えがほとんどすべて一致していたことを知り、とてもうれしかった。
会社のやりかたへの疑問、わたしが本来いるべき場所、会社との誤差。
わたしがまっすぐにディレクターをやっていきたければ、いつか耐えられなくなるだろうってことも。


震災の少し前から、転職を考えはじめていた。
この仕事が終ったら会社を辞めよう。
関わる人の全員がうつ状態になり、うつ病で2人が退職した。そのあと3人がつぎつぎと辞めた。
あまりに傷跡の深い仕事だった。
わたしも正気を失い、ほんとうに、周りにやさしい友たちがいなければ発狂していたかもしれない。
そしてもうすこしで納品のとき、震災ですべてが白紙になった。
ロバート・アルトマンの「ショートカッツ」のように、「マグノリア」のように、
すべてが崩れ、この生活そのものを考えなおす意思で、わたしの根底がめちゃくちゃに揺らいだ。


どこに住み、なにをしてお金を得て、どうやって生活していくか。
現状をすべてなくした状態での選択の自由度に、こころから戸惑った。
震災の前に、いつか住みたいとかんがえていたのは金沢しかなかった。ニュージーランドでもいい。
けれど本当のところ、どこだっていいのだ。地球上の、わたしの身体が適応できる場所であれば。
機軸は何をして生きていきたいかでしかなく、そして精神を冒されるのなら映像の仕事をすててもかまわないのだ。
仕事で身体もぼろぼろだった。これでは長生きできない。
映像をのぞいてわたしがやりたいことはなにか。わたしは一気に落下した。
なにもやりたいことが思いつかなかった。


そこで、「女性の全仕事100」とかいう本や「ケイコとマナブ」「とらばーゆ」などを本気で読んでみた。
気になったものを書き記しておこうと思って、メモ帳とかマーカーを準備した。
その膨大な職業情報のなかで、わたしが映像以外に興味をもったのは2つだけだった。
探偵と本屋。以上だ。
そしてばかばかしいことに、自分で呆れてしまったのは、「本屋探偵」というシリーズドラマのあらすじを
頭に描いてしまったことだった。まったく、あきれてものもいえない。
つまり、結局のところ、あたしは映像なんだと思ったら、すっと落ち着いた。
なんだ。なんだ。そうかと。それから果たしてこの会社をやめるべきか、ですこし悩んだ。


震災のあと、わたしの尊敬する先輩ディレクターが、うつ病をひどくして会社をやめてしまった。
何年もそれをつらく感じたり、全力でフォローしなきゃと必死になって、ともにたたかっているつもりだった。
実際どうだったのかはわからない。必死すぎて気付かなかった。
彼がいなくなったら、わたしはいかに彼に助けられ、救われていたかを知った。


それでも日常はつづく。
やるべき仕事や、うれしいこと、悲しいこと、あたまにくること、悩むこと、怖くなること、よろこび。
映像をつくれるよろこび。
ちょうど撮影があって、終ったあとに片付けをしているとき、心の中で音楽が鳴った。
TMネットワークの「Here,There,Everywhere」
とてもなつかしく、彼らの音楽のなかでわたしは一番この歌がすきで、スタジオ収録のうまく終ったときに
かならずといっていいほど流れる。
この歌には映像があり、それは有名なセルフ・コントロールのPVの、ただのメイキング映像のつなぎ合わせなのだけど
わたしは中学生のときに、そのスタジオ収録の裏側の映像を、たぶん1000回くらいは気に入って見つづけた。
ビデオはこうやって作られるんだというはげしい好奇心と、スタジオにいるたくさんのスタッフへの憧れ。
ここにいたい、という願い。


そのときは、ここにいる人たちの職種もなにもさっぱりわかんなかった。
メークさん衣装さんAD、照明さんカメラマンVE、技術の助手、マネージャー、エキストラ、今見直せばだいたいわかる。
けれど子供だから、ディレクターという、クレジットの最後に出るISAC SAKANISHIを目指せばいいらしいと思いこんだ。
バカで短絡的だけど、その願いは気付いたら叶ってた。いまは当然のようにそこにいて、そして不満や不安を抱いてる。
わたしがディレクターをやめるか迷ってるなんて言ったら、中学生のわたしは泣いて止めるだろうと思う。
あらためてそのビデオを見直したいと思ってネットで調べた。
いまだにいつか会いたいと憧れていた坂西伊作さんは、すでに亡くなっていることを知った。すこし前、昨年に。
いつかわたしが作った自信作をみてもらいたかった。それで、どこがだめだとか言ってほしかった。
願いはかなうものとかなわないものがある。


けさ、起きてテレビをつけると震災から今日でちょうど4ヶ月、といっていた。
あれから4ヶ月経った。がれきから草花が生えはじめている、と夏草が映っている。
わたしをひきとめていたいくつかの愛着や、捨てがたいもの、手放したいもののいっさいを思い浮かべて
それからTMネットワークのビデオを思いだした。
なぜだろう、きょうそのとき、ぐずぐず曇っていた決心がはっきり見えた。
会社は変化し、わたしはもうここにはいられない。
わたしの願いはただひとつ、映像を大切につくっていける場所にいたい。今よりもっとすてきな場所へ。
(できれば、のんびり映像をつくりたい!)


他愛ないビデオだけれど、見直したときは今までのたくさんの現場を思い出しておんおん泣いた。
私以外の人は泣く要素ゼロだけど、いい歌だからよかったら見てみてください。

1分20秒あたりの男性が坂西伊作監督。若いなあ…今のわたしより年下かしら!?